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『雪国の春』を読んで

栗駒7.16 1445-2s栗駒山-ブナの緑濃く夏
『雪国の春』という,文庫本で20頁にも満たない柳田國男の掌編だが,東北人にとってはいつも心安く読めるもので,そんなものがあるのは嬉しいものである。
 11月下旬に雪が降り,およそ5月まで数えるに半年も雪の中で,冬籠もりを強いられる東北の山は,命をつなぐ明るい囲炉裏の火があり,「その火のまわりにはまた物語と追憶とがあった。何もせぬ日(冬籠もり)の大いなる活動は,おそらく主として過去の異常なる印象と興奮の叙述であり,また解説であったろうと思う。」

 これは,「遠野物語」に対する彼の偽らざる感謝の念であろう。

「すなわち冬籠もりする家々には,古い美しい感情が保存せられ,培養せられてつぎつぎの代の平和と親密とに寄与していたのである。」

雪国の春  柳田国男が歩いた東北 (角川ソフィア文庫)雪国の春 柳田国男が歩いた東北 (角川ソフィア文庫)
(2011/11/25)
柳田 国男

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栗駒7.16 1514-2sワタスゲ咲く栗駒の一角
しかし,時折顔を出す東北の地の稲作文化への戸惑いも彼にはあった。
「稲はもと熱帯野生の草である。これを瑞穂の国に運び入れたのが,すでに大いなる意志の力であった。いわんや軒に届くほどの深い雪の中でもなお引き続いてその成熟を念じていたのである。」

 国策としての稲作が,東北という寒冷な土地に馴染まなかったという意味にも取れる部分もある。そして東北の原像は稲作という,全国が統一されてしまう前の生活にあり,山間部にその姿を見いだそうとしたこともたしかであろう。
 こう言ったところにこだわり続ける民俗学は,何かしら苦しみの果てにあるロマンを追い続ける,はかない文学のような美しさも感じてしまう。しかし,あったことは確かなのだ。雪の中でも営々として続けられた先人の営みが今の歴史を作っている。
栗駒7.16 1457-2s草原の中に咲くイワイチョウ
赤坂憲雄という人が東北学を提唱するのは,私たちにいつも歴史の読み直しが必要なのだということを示そうとしているのだと思う。東北には,その新しい歴史を解明する可能性があるということを言いたいのだと思う。
東北学 忘れられた東北 (講談社学術文庫)東北学 忘れられた東北 (講談社学術文庫)
(2009/01/08)
赤坂 憲雄

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その点では,網野善彦の『日本の歴史を読み直す』の「百姓」という言葉の偏見から解き放った彼の仕事は,大きいものがあると思う。
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
(2005/07/06)
網野 善彦

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写真はすべて7月の栗駒山歩きから

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