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山頭火の月

星 039s
林に続く道

山頭火という人は不思議な人です。

昭和11年には宮城も訪れていて,仙台,平泉,鳴子にも泊まっています。
昭和11年5のことでした。日本海を北上して鶴岡に入りました。鶴岡の和田光利(あきとし)の家に泊まりました。
ある日,山頭火は,浴衣に手ぬぐい一本下げて,銭湯に行ってくると言ってそのまま行方不明になったのです。
さあ,大変です。和田は必死に山頭火を探しました。

山頭火は,浴衣に手ぬぐい一本のまま仙台に行ったのでした。
仙台の俳人佐藤露江の家にひょっこり顔を出したのでした。そのまま4日間仙台にいて,平泉にも行きました。
天の川3 021s
栗駒の天の川

その平泉で詠んだ句が

ここまで来し水飲んで去る

です。
このあとの6/29鳴子に泊まっています。

彼の句には,どうしようもなく独り身であることの「さみしさ」が語られます。

よびかけられてふりかへったが落葉林

あてもない空からころげてきた木の実

へひとりの戸はあけとく


こんな句を読んでいると,わたしは西行の姿を思い浮かべます。西行も23歳で出家して独り身で感じた歌を残しました。西行の歌は2000首のうち230が櫻を詠んだ歌だそうですが,の歌も実に多いです。山頭火のを詠んだ句も結構あります。二人に共通している独り身としての「遊離してやまない魂の姿」は,に対しているときに特に刺激されていると言っていいかもしれません。

山頭火が鶴岡から忽然と姿を消して,仙台にたどり着いたのが昭和11(1936)年624日ですから,満月(この年の6月の満月は5日)をはさんでの前後に鶴岡から仙台までを月明かりの中,彷徨い歩いたように思われます。

西行や山頭火。独り身の者にとって,いいえわたしにとっても,月は魂を浮き立たせる何か不思議な力にみちているものなのです。

読んだ本
放浪の俳人 山頭火放浪の俳人 山頭火
(1988/08)
村上 護

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