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宮澤トシ 90回の命日

宮澤トシ 1922,(大正11),11,27 20:30永眠 享年24歳
このとき賢治27歳
その8か月後1923年7月31日青森・北海道・樺太旅行に出発。
 そして,賢治は樺太の栄浜で死んだトシとの交信を試みる。
さくら4.25 133-2-2s光差す

 宮澤賢治の妹宮澤トシの命日が11月27日でした。宮澤トシは享年24歳で亡くなって,今年で90回忌を迎えました。
 トシは死んで,何処へ行ったのか。
 賢治は詩の中で妹のいる様々な場所を語ります。

そんなにまでもおまへは林へ行きたかったのだ 『松の針』

 林
 白い鳥
 木星の上
 無上道
 あの青いところ。
 おまへはその巨きな木星のうへに居るのか
そらのむかふ
・・・・・此処あ日あ永あがくて
      一日のうちの何時だがもわがらないで・・・・ 『無声慟哭』

さくら4.25 104-2-s

 そしてそのままさびしい林のなかの
 いつぴきの鳥になつただろうか
 ほんたうにあいつはここの感官をうしなったのち
 あらたにんなからだを得
 どんな感官をかんじたろう

 あいつは無上道に属している
 力にみちてそこを進むものは
 どの空間にでも勇んでとびこんで行くのだ 『青森挽歌』
蕪栗11.17 842sハス枯れて広がる

  《あの林の中でだらほんとに死んでもいいはんて》

 どうしてもどこかにかくされたとし子をおもふ 『噴火湾《ノクターン》』

 そこはちやうど両方の空間が二重になってゐるとこで『宗教風の恋』

 明暗交錯のむかふにひそむものは
 まさしく第七梯形の
 雲に浮かんだその最後のものだ        『第四梯形』
栗駒星8.21 053-2-s

 よく出てくる「林」は,下根子の別荘の周りの林を指しているそうです。
たしかにあの世は分かりません。賢治にとっても「それからさきどこへ行ったかわからない\それはおれたちの空間の方向ではかられない\ 感ぜられない方向」と言うしかなかったのです。

ところが,賢治らしいのは
 林に
 白い鳥に
 木星の上に
 無上道に
 あの青いところに。
 その巨きな木星のうへに
そらのむかふに

 つまり,トシの存在を,至るところに 感じた所に 見た所に
 探そうとしているのです。
 この汎神論的な考えこそ,神は(至る所に)遍在するという一つの賢治の特長となるでしょう。わたしは賢治の妹の死を悼む心まで汎神論だと言っているわけではありません。妹の存在をどうしてもこの世に探すときに,賢治は自然に対するときと同じスタンスでトシを探すしかなかったのだということを言いたいのです。これは痛切きわまりないことです。
 人はその人のもっているものでしか戦えないものです。賢治もそうでした。

わたしは汎神論的な考えに親しみをおぼえます。
あまりに権力論が横行する世界にさみしさを感じます。
花や木も,リスも,クマも,鳥も,同じ一つの命をもつ生き物と捉えると,質や量のストレスから自由になれます。周りのものが途端に輝いて見えます。
蕪栗長沼12.25 887-2trsリス落としたクルミを探す
 樺太の栄浜で賢治は念じてトシに語りかけました。8月の初めと思われます。最愛の妹の死という暗い混沌にあった賢治の最高の祈りでした。『無声慟哭』をはるかに超えることばだったでしょう。この出来事から後の賢治のことばは,また以前とは違う渋い光を帯びてくるようにわたしには感じられるのです。

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